コーマック・マッカーシー『越境』

冬のマッカーシー祭り。『すべての美しい馬』からはじまる国境三部作の二作目。Amazonから届いた時、分厚さにびっくりした。650ページくらいある。

『すべての美しい馬』と舞台は同じアメリカとメキシコの国境、正確にはニューメキシコ州とチワワ州の境。時代はちょっと遡って第二次大戦がもうすぐはじまる頃。第二作とはいえ、登場人物はがらっと入れ替わって『すべての美しい馬』のキャラクターは登場しない、別個の話。主人公のビリーが捕まえた牝狼を故郷のメキシコへ連れていこうと国境を超えるところからはじまり、様々な事件に巻き込まれていく。

これは喪失の物語だ。メキシコに足を踏み入れるたび、ビリーは大切なものを失っていく。神話で異世界に迷い込んだ旅人みたい。異世界であるところのメキシコは風景も人も幻想的に描かれ、だれもが哲学的含蓄のある話を唐突に長々とビリーに語って聞かせる。

ビリーは最後までいろんなことを元あるべきところに収めようと奮闘するのだけど、それは思う形では実を結ばない。喪失って書いたけど、取り残されるっていう方が正しいかもしれない。

いつものことだが、エンターテイメント的オチを期待して読むとだめ。そもそも『越境』自体がそういう結末を許されない少年の物語になってる。『血と暴力の国』の語り部、ベル保安官が結局、殺し屋シュガーと対決できないように。それゆえに生き残ってしまうのだけど、何かが決定的に変わってしまい、元には絶対戻らない。

初音ミク – Coffee Made Body

ぼくを形作るもののひとつ。

セクシーイラストはニヤコ。ニコニコ動画での企画、冬のシューゲイザー祭2010参加曲。みんなでシューゲな曲を作って、連続再生のツアーにしようという企画です。ツアーのスタートは12月23日くらいから。曲はもうアップされてるものがぼちぼちあるので、タグで検索してみよう!

コーマック・マッカーシー『ザ・ロード』

マッカーシーの今のところ最新作。映画もやってたらしいんだけど、知らなかった。戦争かなんかで生物がほとんど死滅した世界で旅する父子の物語。

ショッピングカートを押して親子が旅するシチュエーションは『子連れ狼』を思わせずにはいられないけれど、拝親子が復讐の旅路なのに対して、『ザ・ロード』の親子はひたすら生き延びるために南へ旅をする。世界の荒れ具合がほんとひどくて、森はどこも焼けて炭だし、空は煤けて太陽は暗く、魚も鳥もいないし、いつも灰色の雨と雪。数少ないらしい生き残った人間の一部は暴徒になって、人間を狩って人肉を食べている。全編これ希望のない鬱道中だ。じっくり読んでるとつらくなってくる。

それでも物語の結末は、今まで4冊読んだマッカーシーのうち、いちばん希望を感じさせる。あんまり適切な言葉じゃないと思うんだけど、人間の善が残っていく希望がある。それが報われないとしても。

マッカーシーはやっぱりすばらしいです。うん。

テッド・チャン『あなたの人生の物語』

Twitterでおすすめされたので読んでみた。すごい人気作家なんだね、知らなかった。SFのいろんな賞を獲りまくってる。かなり寡作らしく、この短編集で2003年までの作品はすべて、それ以降も3、4作短編があるだけだそうだ。

おもしろい。とにかくよくできてる。すごい密度。寡作なのもよくわかる。こんなにネタが詰まってたら、毎回書くのが大変だろう。ハードSF級のネタがホームドラマ的日常空間で展開されたりするあたり、すごい技量。そしてSFで残念になりがちな人間ドラマは、いろんな角度から検証されてて視点がクリアで、非常に公平なものになってる。これはすごい。

でもそのすごさを若干不満に思うのも事実で、明晰すぎ、健全すぎと感じてしまう。贅沢だけど。過剰や欠落のスリルはあまり感じられない。へなへなのインディー・ロックの手触りがない。それが悪いわけじゃないんだけど……。