ひさびさに中二力が高まっているので『Alchemy』の設定でぼんやり考えていたストーリーとか書いてみた。勢いで。
Alchemy
彼女が濃硫酸のプールに落ちていった時、ぼくが最後に見たのは穏やかな笑顔だった。彼女が完全に溶けて消えるまでの一分間、沸き立つ蒸気と共に発生した金色の粒子たちが薄暗い工房を舞い、明るく照らしていた。彼女の最後の骨が消える瞬間、ぼくがその時たしかに聞いたのは紛れもなく彼女の歌だった。
三年が過ぎてぼくは学校を首席で卒業し、あの工房はぼくのものになった。工房は成績上位者の特権で、通常は設備を完全に更新した工房が与えられる。古い工房は機材が前の持ち主の錬金術を記憶していて扱いづらいうえに実験結果に影響を与えるので嫌われる。ましてや大事故が起きて閉鎖されたままの工房ならなおさらだ。教授は反対したが、ぼくは譲らなかった。ぼくがあの「事故」が起こった工房を熱望したのは彼女の歌をもう一度聴くためだった。
ぼくは家にも帰らず工房にこもり続けていた。空が白みはじめた頃、いつもどおりうとうとしかけたぼくはグラスを倒し水が机と乱雑に散らばった本やメモや鉛筆を湿らせた。ぼくは水が大事なメモを侵食していくことを阻止しようとはしなかった。水が弾けた瞬間、彼女の声を聞いた気がしたからだった。ぼくは水をスポイトで慎重に吸い取りペレットに載せ顕微鏡で観察した。何も見えなかった。偏向グラスでスペクトルを調節してみた。ある一点で何か動いているのが見えた。倍率を上げてみた。それは金色の粒で、かつてこの工房を一分間だけ満たして消えたあの金色だった。ぼくは震える手でさらに倍率を上げた。粒の中には構造があった。丸まって眠る彼女だった。しばらくすると粒は溶けて消え、ぼくは声を上げて泣いた。
そんな経験を何度か繰り返し、ぼくは工房に彼女の痕跡がこびりついていることに気がついていた。それはどこからともなく出現して溶けてなくなってしまう。ぼくはもっと濃度の高い媒質が必要だと感じた。彼女が溶けた濃硫酸のプールはもう空になっているけれど、硫酸は瓶に封印されて保管されている。しかし硫酸には極小の彼女はどこにも見つからなかったし金色のきらめきもまったく現れなかった。一週間調べ続けて万策尽きたぼくは結晶化を試みることにした。硫酸から変換で錬成された宝石は虹色だった。きれいだった。ぼくはそれを銀の台座にはめて机の上に置いておくことにした。
ある日、工房の窓をひさしぶりに開けた日、冷たい風が吹き込んできてテーブルのグラスを倒した。水がこぼれ宝石を濡らす。ぼくは彼女の声が聞こえることを期待した。しかし聞こえてきたのは金属的な響きだった。金属的なピッチはだんだんトーンを下げ、あの日聞いた彼女の歌に変わった。ぼくは宝石を掴み耳に押し当てた。一分より長く彼女の歌は続いていたと思う。ふと目を開けると目の前にはあの日見た穏やかな笑顔の彼女がぼくを見つめていた。
「やっと……会えた」
「いつでも会えるわ。だってここは永遠なんだもの」
彼女の水銀のような唇がぼくにそっとくちづけする。視界が金色に染まり焼けるような目の痛みにぼくは絶叫して気を失った。
ぼくは時間の相を見ることができる。近い未来、あなたにどんな運命が待っているか見ることができる。たくさんの可能性が収束してひとつの像になる瞬間を見ることができる。ぼくの瞳は虹色の光を放つ。彼女が時間の鎖から解き放たれて無数の世界でダンスを踊るのを知っている。