ウィリアム・ギブスン 『スプーク・カントリー』

ウィリアム・ギブスン 『スプーク・カントリー』

絶版だらけで、そろそろ知る人も少なくなった80年代のサイバーパンクSF。その代表作家、ウィリアム・ギブスンの新作。もう還暦なんだね。角川から早川に出版社が戻ったけど、文庫じゃなくてハードカバー。

今回も三部作みたいで『スプーク・カントリー』は前作『パターン・レコグニション』と同じ21世紀の現代を舞台に展開する。9.11もiPodも登場する。構成は3人の主人公が章ごとに入れ替わる、おなじみのギブスン節。そのうちメインの主人公は、人気インディーバンドのボーカルで、バンド解散後ジャーナリストの仕事をはじめたホリス。彼女が新世代マーケティング企業〈ブルー・アント〉から、GPSとバーチャルリアリティを組み合わせた臨場感アートの取材をするように依頼されるのだが、それは実は秘密の陰謀と関わっていて……と、要約すると最後に敵味方で対決するような、よくあるパターンのミステリーものに思えるんだけど、そういう期待はもちろん裏切られる。システマ(ロシアの格闘技)の使い手で謎の組織の工作員チトー、政府の捜査官らしきブラウンに引っ張り回され、ロシア語やヴォラピュク語(ドイツの神父が作った人工言語)の翻訳をさせられてるジャンキーのミルグリムと、他の主人公がそんな感じだから余計そう思ってしまうけど。

あんまり評判のよろしくない(ぼくは好きだが)90年代の三部作からの傾向だったんだけど、巨大なプレイヤーが争って世界を改革していくような要素はすっかりなくなってしまった。90年代の三部作ではそれでも何かこじつけのようにオチがつけられていて、それが微妙な残念感を漂わせていたんだけど、『パターン・レコグニション』以降はそのカタストロフィへの期待を逆手にとって、意識的にずらしてる。

ずれてるのは現代の情景描写もそうで、最近のものなんだけどなじみのあるガジェットを再定義したり、珍しいアイテム(システマとかヴォラピュクとか)を投入したりして、なんとなくつかみどころのない不思議なイメージを作ってる。舞台になってるアメリカの町の知識があるとなおさらなんじゃないだろうか。はっきりしたことはいえないけど。これはキャラクターにも当てはまって、所属も動機も微妙に曖昧なキャラが多い。でも権力はある、みたいな。『スプーク・カントリー』ってタイトルはかなりストレート。

「うおー」ってくる熱さはないけど、じわじわニヤニヤくる名作です。風景の描写はギブスンの特殊スキル、すごいイメージ力です。やっぱりギブスンには勝てる気がしない。

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